これまで5回にわたり東北地方の旅客鉄道の魅力を届けてくれた伊藤謙信さんから、今回は一味違うレポートが届きました。主役は、岩手県大船渡市を走る「岩手開発鉄道」。現在は、石灰石専用の貨物路線。しかし、今から約30年前、そこには確かに「人の温もり」を運ぶ客車の姿がありました。セピア色の記憶の扉を開け、伊藤さんと共に30年前の北上高地へタイムスリップしてみましょう!
今回は岩手県大船渡市を走る岩手開発鉄道です。私個人ではかなり興味深い路線であり、大好きな路線です。但し、現在は旅客営業していないので乗れません…残念。
旅客営業をしていた頃に2回、訪問したことがあります。約30年前くらいになります。日本でも有数の「乗れない路線」で有名でした。
路線(線路)は1路線ですが、JR、三陸鉄道の接続駅の盛駅を基準に、山側が日頃市線(本線)、海側が赤崎線という名称になっておりました。旅客営業は日頃市線で運転しておりました。終点の岩手石橋まで1日3往復、途中の日頃市までが2往復のみ走っており、終点の岩手石橋まで完乗するためには昼の1本(折り返し)しかない路線でした。
当時、有名だったのが「日本一赤字」な路線でしたが、それもそのはず。初乗り運賃が大人80円、終点の岩手石橋まで乗っても120円と、当時の東京の私鉄の初乗り運賃より40円安い運賃でした。
この岩手開発鉄道は、岩手石橋駅に隣接するセメント工場からの原料を貨物列車で海側まで運ぶことを目的にした路線で、当時はそのついで?に地域還元で旅客営業をしていた模様です。
乗った当時の記憶からですが、JR、三陸鉄道駅舎から道をぐるっと回って、踏切を渡り、ものすごく短いホームにちょこんと待合室?がある駅舎がありました。ベンチも5、6人座れるかぐらいの広さでした。駅舎の中に切符を売る係員さんもいません…。発車時間もだんだん迫ってきた5分前ころ、作業服を着た方が線路づたいに歩いてきて、駅舎に入り、おもむろに木製の窓口を上に上げ、「切符販売します~」と、かなりびっくりしたのを覚えています。
切符も普通の切符ではなく、「車内補充券」式でした。盛から岩手石橋の印字されているところにパンチ穴を開けるタイプです。そうしているうちに北側の車庫からキハ200型がホームに入ってきました。当時は「食パン」と言われた気動車で、ものすごく短い車両で12mくらいの車両でした。車内はロングシートで、ばねがすごく効いたシートでした。たまに予備車のキハ300型で運転していたようです。北海道の夕張から移籍した車両で、流線形の車両でした。1度、乗ってみたかった車両です。
盛駅を発車し機関庫の脇を走り、跨道橋を渡ると猪川駅です。発車してすぐに到着です。現在はこのホームなどの痕跡はありません。この駅で乗降がある?と思うような箇所ですが、近くに高校があるので、朝夕は需要が少しはあったかもしれません。
列車は市街地を抜け山裾や川沿いを走り、次の駅、長安寺駅に到着します。全面でかぶりつき(運転手の後ろで前方を見ること)をしていると、単線ですので列車交換する駅では退避線があります。その退避線が、この岩手開発鉄道は長いのです。JR線でもここまで長い列車交換設備の駅は、ローカル線ではなかなかありません。
記憶はさだかではないのですが、この長安寺駅または日頃市駅で、貨物列車と必ず列車交換で気動車が駅で貨物列車待ちをしておりました。駅舎もローカル風情溢れる駅舎で、現在も残存しておりました。(昨年ですが)ホームには現在、入れませんが、駅構内を見渡すと、生きている鉄道感がしっかり味わえます。
列車交換待ちで貨物列車が見えると、特に赤崎行きの列車は貨車にセメント満載で20~30両編成の貨車を機関車が引いて下ってきます。なかなか大迫力だったのを覚えております。これだけ長い編成の貨車と列車交換するのであれば、退避線が長いわけです。機関車が加速すると、爆煙を吐いて通過していく姿は逞しく感じました。
そして駅が静かになった時、キハが発車します。ここから勾配がきつくなっていき、エンジンが唸りを上げ、変速機も何回も替えながら坂道を登っていきます。ほんの少しだけ民家があるあたりで、列車は森の中に侵入し、停車します。運転手さんが最後部へ移動し、運転台を替えます。スイッチバックの駅なのです。
分岐器を駅員さんが替え、旗で合図を出すと、列車は逆向きに発車し、岩手石橋駅のホームへ入線します。ホームはとても短く1両分くらいしかない長さです。しかし、駅構内は貨物用の留置線が並び、一番奥にはセメントを長い貨車に積む設備があります。現在も稼働中です。
現在は、駅舎は残っていますが立入禁止なので、その手前で見学です。折り返しの列車は約3分くらいで折り返して盛駅に向かいますので、駅に来た余韻は当時はあまりありません(笑)。乗りに来た達成感が溢れました。
帰りは下り坂なので、キハもあまりエンジン音を鳴らすこともなく下っていきますが、途中駅でまた貨物列車と列車交換します。長い編成の貨物と、ちょこんとした1両のマッチ箱のようなキハの遭遇がおもしろかったです。そうして盛駅につくと、すぐに車庫にキハが戻っていったのを記憶しています。
なんともおもしろい鉄道でした。貨物が主体なので、旅客がオマケ感覚?で営業していた光景にびっくりしたものでした。当時は貨物専用線の終点赤崎までは行けませんでしたが、最近、赤崎駅を訪問した際には、セメント工場に貨物が突っ込むような設備があり、荷下ろし作業は見学できませんでしたが、列車の作業がある際には、すごい光景が見れると思います。
荷下ろしをしてすぐにまた機関車を付け替えて、岩手石橋に向かい1日13~18往復しているそうですので、かなり頻繁に迫力のある貨物列車が見れます。機関車に同じ形の貨車にセメントを満載にした同じ形の貨車が連なった光景は、キレイな編成が見れます。(個人的感覚ですので…ご注意を)
東日本大震災から比較的早く復旧し、力強い機関車が長大編成を引く姿はなんとも頼もしく見えます。現在は、旅客線が走っていないので、駅めぐりは車になってしまいますが、盛駅を通過する貨物(結構速いです)、長安寺、日頃市駅での列車交換、岩手石橋駅でのスイッチバックをぜひ見学して欲しいです。
2026.2.11 伊藤謙信































